私の眼日記 ④ ~網膜剥離・左眼編~

私の眼日記 ④ ~網膜剥離・左眼編~

読者の皆さん、こんにちは。

今年は特に多かった台風の影響もようやく少なくなりつつあり、

読書やスポーツ・ご旅行・秋の味覚を堪能するのに良い季節になってきました。

この記事を書いている頃は、各地で紅葉も色づいてきている頃だと思います。

 

さて、今回は前回記事の続きです。

私がこれまで患った病気のうちで1位・2位を争う辛さを体験した

眼の失明の危険を伴う眼病「網膜剥離」【左眼】(18歳の頃、発病)の体験記になります。

 

「お前の闘病記なんか聞きたくもないわい!」

…と感じる方もいらっしゃるかもしれません。

同じ病気に不安を抱いている方の何かのお役に立てばと思っていますので、

ご興味のない方はスルーして下さい。

今後何回か掲載していく記事の中には、

50歳を過ぎた頃に発症した【右眼】の網膜剥離の体験記も書かせて頂こうかと思っています。

 

40年近くも前のことになるので忘れかけている記憶を思いっきり思い返して書いています。

前回の右足の骨折から無事退院し、自宅療養していた夏のある日の朝。

それは何の前触れもなく起こったんです。

その日の朝、眠りから覚め起き上がってみると左眼の見え方がおかしくなっていました。

同じ病気を体験された方でもそれぞれの表現や感じ方が異なるとは思いますが、

今回は私が感じた場合の例を書かせて頂きますね!!

 

そうですねぇ~!?

その見え方……、例えるなら

「プールの水の中から水面の上の方を見ている~」

と言う感じとでも言いましょうか。

眼を動かすとユラユラと景色が動いてめまいを起こしている様な感じでした。

「なんだ!!なんだ!!これは…??」と思いましたね!!

見えにくい方の左眼を塞ぎ、右眼だけで見ると周りの景色はきれいに見えています。

でも、両眼で見ると明らかにおかしい。

急いで着替え、診察開始時間に合わせて

「和歌山県立医科大学附属病院」の「紀北分院」眼科を目指し自転車を転がせました。

 

起きてすぐの時はユラユラとした見え方だけでしたが、

自転車を漕いで病院に着いた時は上半分の視野が黒く欠けてしまっていたと記憶しています。

順番を待って診察して頂いた結果、

ドクター(女医さんだったような??)から告げられた名も知らぬ病名は「網膜剥離」でした。

その頃、私が知っていた目の関係の言葉は

「近視・乱視」「結膜炎」「トラコーマ」位でしたから。

病名を告げられても「なんじゃ、そら…??」と、ポカンとしていました。

 

先生に「すぐに横になってじっとしていてください」と言われ、

看護士に家族を呼ぶ様に指示をされ、ただことではないと悟りました。

母親が病院に到着し、先生から私の親に診察結果の説明がされました。

当時の治療としては

「すぐに本院に入院してください。

放っておきますと、このままでは失明に至ります。

そしてここまで酷くなると手術しかないです」

という事でした。

 

「ひどくなると…やと???昨日までは、普通に見えてたやん!!なんなん!???これ??」

という状況で全く理解できませんでした。

当時この町の分院の眼科では、この様な大がかりな手術の執刀して下さる先生が居ませんでした。

そのため自宅から車で約1時間位かかる本院の眼科病棟に入院する事になりました。

それを聞いた私はたちまち頭が真っ白に。

バイク事故で自分が周りに迷惑と心配をかけたにも関わらず、自暴自棄になっていました。

大げさかもしれませんが、

「目が見えなくなる位だったら死んだ方がましや・・・」

とまで親にあたり散らしていました。

 

そして本院への紹介状を頂き、絶望で何も考えることもできないまま自宅に戻りました。

ただただその日は先生に言われた通り絶対安静で横たわる他ありませんでした。

食事を摂る気もおこらず、悔しさと悲しさで涙しか出てきませんでした。

先生がおっしゃるには

「安静にして、剥がれた膜のほうにかかる眼の中の自然の圧力で

少しでも元の位置に戻すことが重要」

と言われたので、身体の向きは忘れましたが、

なるべく右側か左側に横たわった状態で我慢して翌朝を迎えていたと思います。

 

不思議なことに、安静にしているとそれまで動き回った為に視野が欠けて真っ暗だった部分が、

「ダークグレー」の様に色が少し薄くなって部屋の様子が見やすくなったことを

今でも鮮明に記憶しています。

ですから、「まだ眼の中の網膜の細胞が生き続けているんだ」と実感して

絶望の淵から少し希望の光が灯った瞬間でした。

「目が見える様になるなら辛い事でも頑張ってみよう!!」と思えた瞬間でした。

そして、バイク事故の反省をひしひしと感じていた期間です。

 

もともと、強度近視のある方は眼球の形がきれいな真ん丸ではなく、

ラグビーボールのように歪(いびつ)になっている方も多いです。

その分網膜に薄い部分があってそこから穴が開いたり裂け目が出来たりしやすい体質なので、

普段の生活から眼に衝撃が加わらないように注意したほうが良いと先生から教えられました。

私は小学校高学年頃近視が進行し、成人した頃には強度近視になっていましたから

バイク事故で顔を地面に打ちつけられた衝撃が

今回の眼病に何らかの因果関係があったのかもしれませんね!?

 

眼が大きくパッチリしている方は眼球が大きいかもしれないので

近視の方が多いと聞いたことがありましたが、なんとなく解るような気がします。

これから本院での大変な入院生活が待っているとは、まだこの時はピンと来ていない状況でした。

 

まだまだ書きたいことがありますが、

和歌山市内の本院に入院してからの記事は

また次回のBlogまでのお楽しみにさせて下さいね (~o~)

記事を引っ張ってごめんなさいね (^_-)