私の眼日記⑨ 白内障編1

私の眼日記⑨ 白内障編1

読者の皆様、こんにちは。

今年は4月になっても冬を思わせる気温の低い日が長く続き、服装を選ぶのにも困惑されたと思いますが、ゴールデンウィーク前にはようやく暖かい日が続く様になってきましたね!!

季節的にもアウトドアやスポーツを楽しめる時期ですので、梅雨に入るまでしっかり好きな事を楽しんで下さいね。

 

前々回までは比較的若い時期に患った眼の病気、網膜剥離(左眼)までの体験をお話しさせて頂きました。

前回は私が入社した頃のお話を主に、その当時のレンズ加工や眼鏡修理のお話も記事の中に組み込んでお話させて頂きました。

いかがだったでしょうか !?

少し眼鏡業界にご興味を持って頂くことが出来ましたでしょうか !?

私の体験談や記事をお読み下さって、

「将来メーカーであれ小売店であれ、眼鏡業界の仕事に就いてみたい!!」

と思って下さる方がいれば、私も日々Blog記事を書いていてこれほど嬉しい事はございません。

是非、志を持った方が将来の眼鏡業界を活気づけて下さる事を願っております。

 

さて、今回からはここ数年間に私が患った眼病の中で、

現在の医学が極端に進歩されない限り、恐らく読者の皆様も将来罹患される確率の高い眼病

白内障」(昔の呼び名で“しろそこひ”)のお話になります。

また長いお話になると思いますが、お許し願います。

 

左眼の網膜剥離手術の後に先生から言われたように、日頃の生活の中でもなるべく眼に負担をかけない様な生活を心掛けていました。

1年に1回は「花粉症」という事もあって目が非常に痒くなるので、春には執刀して下さった眼科の先生(現在は和歌山市内で眼科を開業されています)を頼って視力チェックや眼底の定期検診を受診しておりました。

 

私も学生から社会人になり、先の記事に書いたように別の業界への仕事も就きながら、結局現在まで働かせてもらっている眼鏡小売業界で頑張っています。

途中、勤務先のショッピングセンターで知り合った女性と結婚し、愛娘も授かりました。

その娘も昨年成人し、今年の春で某地方国立大学の3回生となります。

この歳になると、月日が経つのは本当に早く感じます。

 

私がこの眼鏡小売り業界に入社した26歳頃から40代後半までは、遠くを見る眼鏡度数の変化はほとんどありませんでした。

しかし、30代の終わり頃から、眼鏡を掛けたままだと新聞や本を見たりする時にピントが合いにくくなる現象を感じる様になってきました。

その頃の私は現在の眼鏡店ではなく、眼鏡販売価格を3パターンの低価格帯に分けて販売し、仕上がりスピードの速さで業界を差別化している「スリープライス・ショップ」に勤務しておりました。

その会社では、お客様の眼鏡もお一人でたくさんの種類を作製することはもちろん、社員である私もカラフルなフレームや面白いデザインのフレームが多かった事に魅了され、沢山の眼鏡を作りました。

その頃に丁度、上記の様に眼鏡をかけたまま手元の文字のピントが合わなくなり、思い切って遠近両用たるものを作ってみました。

手元の加入度(俗に老眼鏡に値する度数の部分)は、+1.00 ~ +1.25からのスタートだったと思います。

近くを見る加入度数が緩かったため、殆ど「自分自身が遠近両用をしている」という感覚はなく、いたって普通の遠くを見る眼鏡と感覚は同じでした。

自分自身の経験から、もし読者の皆様が将来「遠近両用眼鏡を使ってみたい」と思われているならば、私は「絶対早い時期からの方がいい!!」と思います。

現在、私の眼鏡の加入度(老眼鏡に値する度数の部分)は+2.75 にまで進行していますが、近用加入度数を徐々に強くしていってもこれまで何ら怖さや不安を感じた事がありませんでしたから・・・(^-^)

 

そんな眼鏡店も、

「眼鏡の出来上がりスピードや価格のサービスではなく、

もっとお客様の悩みや目的に寄り添ってしっかりコミュニケーションを取りたい」

という気持ちが強くなり、同じ眼鏡業界でも、最初に私がお世話になった眼鏡店と似た形態のお店に転職を致しました。

40歳を少し超えた頃です。

それが現在私がお世話になっているこの会社です。

 

40代はその眼鏡店で、自分の想いを精いっぱいお客様との接客の中で取り入れて仕事をし、充実した日々でした。

学生の頃に患った左眼の網膜剥離の後の遠くの度数も、殆ど変化はなく見え方も大きく変動はしませんでした。

眼鏡小売店勤務の特権は、自分の目の視力や度数の変化がいつでも出来る事です。

自分一人で出来ない視力測定は、同じお店で勤務しているスタッフに測定してもらい、日々眼鏡の変化をチェックしていました。

 

そんな40代の終わりに差し掛かった頃、ある時から何故か「遠くの見え方が少しぼんやりするなぁ~」と感じ始める事が多くなりました。

最初は「TVやPC、読書などで目の疲れ目だろう…」と思っていました。

しかし、そんな自覚症状ならば良くなったり悪くなったりの変動があるはずなのに、しっかり睡眠や休息をとった後の日でもあまり改善しませんでした。

時々日頃使っている眼鏡で視力チェックしてみたり、お店のスタッフにお願いして、瞬時に今の目の屈折異常度が数字で表われる測定器(オートレフ)という機械でチェックしてもらったりしていました。

すると、若い頃から安定していた視力や眼の度数の数字に明らかに変化が出るようになっていました。

 

「この歳からでも近視は進むのだろうか?

 いやいや、目も人間の身体の一部なのだから変化があって当然じゃないか!!」

等と自分に言い聞かせながら日々疑問に思っていました。

その時は自分がまだ40代だった上、「白内障なんかは、霧がかかったり靄が出ているようにかすんで見える」と言う勝手な知識だけで思い込んでいたので、白内障の初期の症状だとは全く考えもしていませんでした。

 

その思いを決定的に打ち崩されたのは、左眼の網膜剥離を執刀して下さったかかりつけの眼科の先生のお言葉でした。

1年に1回の花粉症の目薬・視力チェック・眼底検査の際に受けた決定的な診断です。

「白内障が少し出てきているね!!」

「ええっ~!! でも先生、私はまだ50歳にもなってないんですよ~!!」

と、びっくりして尋ねると

「君は若い時に網膜剥離の手術をしただろう!!

 それだけ、眼が普通の人より早く発症する場合があるんだよ。

 所謂、手術という外的刺激による外傷性の白内障とでも言うものかな!!

 それに中心から水晶体が濁ってきているから、急激に視力が変化することが多いね」

と診断されました。

「でも、先生、網膜剥離の手術は左眼だけだったでしょ!!

右眼は手術してないから普通の人と変わらないんじゃないですか?」

と質問をぶつけると、

「君の場合は、たぶん強度近視なので普通の人より早く症状が出る体質みたいだね!!

 それに左眼は特に手術により眼が傷んでしまっているからね。

 中心から濁る核白内障は、急激に視力が落ちたら、

 強度近視を矯正する意味も兼ねて早めに手術した方が良いね!!」

という診断をいただきました。

 

その診断以降、私はなかなか手術に踏み切れませんでした。

眼鏡店勤務という利点を活かしてほぼ毎年レンズを交換し、運転免許更新に差支えが無い程度の矯正視力を維持したり、

レンズメーカーからオプションとして販売されているコントラスト感度を上げるカラーをつけたり、

先生から処方された白内障の進行を遅らせる目薬等を日々差しながら……

白内障という現実に背を向け、抵抗していました。

 

目の屈折異常度を調べる他覚的測定器(オートレフ)と言う機械での測定値は、眼の中心に光が通って測定されるので、私のような眼の中心から濁る「核白内障」の測定値は数字上非常に悪く判定されます。

最終的な私の目の機械での測定値はS-14.00位の強さになってしまっていました。

「この歳で手術は早い!」

という自分と

「遅かれ早かれどうせしなきゃいけないんだったらしてしまえ!」

という自分との葛藤が交差する時期でしたが、手術に踏み切る決定的な事件に出くわしました。

 

続きは、次回のBlogまでお楽しみに・・・。

今回も最後までお読み頂きありがとうございました(@^^)/~~~