私の眼日記 ⑥  網膜剥離【左眼】3

私の眼日記 ⑥  網膜剥離【左眼】3

皆様、こんにちは。

新年を迎え、また新たな気持ちで頑張っておられることと思います。

さて、今回は前回の続きで手術待機期間から手術当日までの記事になりますね!!

 

前回でも書きましたがこういう記事に弱い方は読まずにスルーして、

楽しいと感じる記事、或いはご興味のある記事のみ読んでくださいね!!

 

約2週間の待機期間、入院病棟では特に何をされるわけでもなく、

入院スケジュールに従った規則正しい生活を送っていました。

何かあるとすれば主治医の先生と手術時に執刀して下さった先生の回診があるのみでした。

私の担当医は、まだ若い女医さんでした。(後に開業され、今は和歌山市で眼科医をされています)

執刀して下さった先生は、当時県立医大では一位・二位の網膜剥離手術経験が多いと聞いていた方でした。

現在でも、私はその先生を訪ねて年に1回の定期検診で眼底検査をしていただいてます。

 

入院した数日間は、外来にて術前の検査や内科的な事も調べるために

病院内の他の科もあちこち歩き回った記憶があります。

まだ足の骨折部位に金属を入れたままで松葉杖をつきながらの検査でした。

よたよたしながら歩く私を見て病院の看護師の方が厳しく指示を出すので、母親が

「松葉杖が見えてんのに、もうちょっと怪我人を養護する配慮のある言い方がないんか!!」

と怒っていたのを思い出します (・_・;)

 

手術日までの2週間、日が近づくに連れ段々と緊張と不安が高まっていました。

「こんなことなら、バイクの交通事故みたいに意識のないうちに手術をしてもらえたほうがよっぽど精神的に良いのになぁ~」

と思いながら、日々目隠しされながらベッドに固定されて寝るしかない日々を悶々と過ごしていました。

同じ病気で手術を終えられた方の体験談では相当痛いと聞いていたので

ますますストレスが溜まっていきました。

 

トイレに行ったりするときだけ、短い間でしたが眼帯を外す事が許されました。

病棟の部屋やトイレまでの病院内の様子を無事な方の右目で見ることができました。

「結構、歴史のある病院だなぁ~!!」と、その時に感じ取れました。

 

後にまたBlog記事で書かせて頂くとは思いますが、

私は50歳過ぎに右眼の網膜剝離の手術も受けております。

右眼の網膜剥離の硝子体手術は、顔をずっと下向きにしなければなりませんでした。

これが結構辛かったのですが、この当時の顔の向きは網膜の穴の開いていた部位の関係からか、

顔の両側に砂枕を置かれて挟まれてはいたものの上向きだったので、まだ何とか我慢しやすかったです。

 

そんな日々を過ごしながら、いよいよ手術当日を迎えました。

不安と緊張の中、手術までの前段階の準備をされました。

看護師さん達が慌ただしく病棟にきて、減菌用の目薬、散瞳用の目薬、

それに当時は睫毛を切らないといけなかったので、看護師さんに切ってもらったりしていました。

鏡で見ると睫毛のあるほうの目とないほうの目を比較して、

「細い睫毛でもないとこんなにおもしろい顔になるんだなぁ~(^_^;)」

と、自分の顔が妙に笑えてきて少し緊張がほぐれました。

こういう風に思えるのは、まだ心のどこかに少し余裕があったんだと思います。

 

記憶を思いっきり辿って思いだすと、手術開始時間はその前の患者さんの手術が順当に行けば

午後の14時位からと聞いていたと思います。

そのため昼食は取れず、心臓の高まりは最高潮になっていました。

術前の説明では当時の術式(強膜バックリング&冷凍凝固術)での片眼手術時間は

約2時間半~3時間ぐらいと聞いていました。

そうこうしているうち、お昼も過ぎトイレの確認も済ませ、術前の最終準備も終え、

前の手術の患者さんも戻ってきてとうとう私の順番が巡ってきました。

家族に励ましの言葉をかけられ、看護師さんに付き添われながら病室を後にしました。

その時にどんな道筋を通ったのかはわかりませんでしたが、

右へ曲がったり左に曲がったりしてオペ室までの道のりがやけに遠く感じ、

移動中のベッドから顔に伝わる風がやたら寒く感じた瞬間でした。

寒いせいなのかなんなのか、戦場に行く前の気持ちというか、武者震いがやたら起こっていた時間でした。

 

オペ室に到着した後、ここでも前処置の時間が結構かかっていました。

両眼の眼帯を外されて見たオペ室はタイル張りで、やたら寒かった記憶があります。

少しの間でしたが、オペ室の様子がわかった時間です。

そして手術眼のほうだけ穴が開けられたシートを顔の上に被せられ、

まばたきをして手術の作業を邪魔しないように開眼器であろうと思われる器具を装着されました。

手術助手だと思われる方が

「手術中は身体が動かない様に固定しますから、窮屈に感じるかもしれないけど我慢してね!!」

と声をかけてくれましたが、こっちとしては逆に

「身体が動くほど、痛いのんかぁ~!?(ToT)」

と、恐怖に怯えていました。

事前に局所麻酔と聞いていたので、

「そんなんやったら、全身麻酔にしてくれたらいいのに・・・」

と思いましたが、身体への負担の事も考えての事だと思います。

 

私が受けた右眼の硝子体手術の資料では、このときの術式である「強膜バックリング術」は

比較的若年の患者さんに多い術式だそうです。

私の勝手な判斷になりますが、年を重ねてからこの手術の痛さを経験すると

身体の他の部分に影響を与えかねないと思います。

(もちろんその方の症例やご担当の眼科医の先生の見解にもよると思われますが・・・)

 

準備が完了し、周りにいろんな方々のお声が聞こえ、執刀医の男性の先生が私に声をかけて下さいました。

「先生と一緒に頑張ろうな」と言う内容だったと思います。

オペ室の声の感じから、主治医の女医さん、その他の研修医らしき眼科医の先生、手術助手の方、

麻酔医の先生(?)、血圧管理などの方など5~6名位(?)と思われる方に見守られながら、

執刀医の先生がお声をかけました。

「それでは、只今から(手術名)を始めます。宜しくお願いします」の号令で始まりました。

「いよいよかぁ~!!もう、どうすることもできんなぁ~!!先生を信じるしかないな!!」

と思いながら「まな板の鯉」状態になるしかありませんでした。

 

 

またまた、ここまでの内容で、かなりの文字数になってしまいました。

私の記事は毎回文字数が多いので、読者の皆様も眼がお疲れになってきているかもしれません。

 

実際の手術の内容は約40年弱前の事でもあり、私の記憶が細かいところまで追いついていないこと、現在の医療ではあまり行われていない部分や改善点のある部分もあるかもしれないことが考えられます。

間違ったことをお伝えしては読者の皆様に意味のない恐怖心を抱かせてしまうことも考えられますので、実際の術中の記事は表現の工夫をし、かなり割愛していこうと思います。

 

ですので、上記の事項について検討し、術中の記事は次回に回したいと思います。

またまた引っ張ってしまい申し訳ないのですが、次回までしばらくお時間を下さいね。

いつも、ご愛読下さって感謝申し上げますm(_ _)m

 

 

私の眼日記 網膜剥離左眼編の記事はこちら

網膜剥離【左眼】1

網膜剥離【左眼】2

網膜剥離【左眼】3